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伝説の冬フェス
数年前のクリスマスのことだ。
久々に友達と集まって、新宿の珈琲西武の会議室を貸し切ってケーキやお茶を楽しみながら、たわいもない話をしていた。
皆と集まると、だいたい最近の推しのことや職場の話になるのだが、なぜか当時一番盛り上がっていたのが脱毛の話である。
どこどこの脱毛がお得だとか、光脱毛と医療脱毛どっちにしよう、だとか。その流れで私はささやかな悩みを吐露した。
「私、全身脱毛終わったのに、なんか左足の親指に一本だけ強く生えてきてる毛があるんだよね。」
「えっ、つまりすずさんの体の中で一番弱い部分が左足の親指なんじゃない?」
「守ってくれてるんじゃない?」
「そこ弱点なんだよ多分。」
「左の親指踏まれると死んじゃうよ。」
口々に慰めてくれる友人たちに勇気をもらいつつ、目から鱗が落ちた気分だった。
左足の親指、お前だったのか。俺を守ってくれたのは…。
全身脱毛をしたのは社会人1年目の冬だった。ボーナスと貯金を丸々注ぎ込んで、それから2年の間通い続けた。噂通り、医療脱毛は部位によっては大変痛かった。逆に痛いのを気持ち良いって思いこめばイケるかな?と考えて過ごした日々もあった。
看護師さんにギリギリのラインを攻められた日―つまり、峠のガードレールすれすれのヘアピンカーブで行われるチキンレースみたいなレーザーを当てられた日―もあった。今となっては全て良い思い出である。
おかげで脱毛完了から4年たった今でも、腕や足は滅多に剃らないくらいに生えてこないし、ヘアピンカーブのチキンレースにも勝っている。ただ一点、そう、左足の親指を除いては。
硬毛化、と言う現象があるのは知っていた。事前に説明も受けていたし、毛を刺激した部分が濃くなると言うのは眉毛をピンセットで抜いていた時期に経験済みだ。
ただ、こんなピンポイントで力強く生えてくるとは思わなかった。
前述のクリスマスが終わって、友達にその毛は私を守っているのだと言われて以来、この硬毛のことを好きになってきた。せっかくだから名前をつけようと思って、なんとなくジョン、と名付けた。
しばらくして、そうだ、もっと観察してやろう、と思って左足に目をやると、2本生えている。
えっ!?1本だったよね!??と動揺しながらよく見ると、寄り添うように生えているではないか。そうか。ジョン。お前にも家族ができたか。仕方がないのでこちらにも名前をつけてやることにした。元々生えていた左足の左の方の強い毛をジョン、左足の右の方の毛をヨーコとした。
二人が生えて一月経たないくらいだったか。そろそろ指毛を剃ろう、とお風呂場で剃刀を片手に左足を見ると、二人の間の下(つまり、指の根本側)に、小さく短く柔らかい毛が生えている。ショーンだ。ジョンとヨーコの子。これはショーンだ。
もう動揺はしないぞ、と思って一旦左を諦めて右足を見る。生えている。右足の親指には何も生えていないはずだった。しかし2本、しっかりと強い毛が生えている。
この2本は寄り添うようには生えていなかった。少し離れたところに、バラバラの方向で生えているように見える。しかし、仲は良さそうだ。脳裏にカートコバーンとコートニーラブが浮かんだ。
浮かんでしまったものは仕方がない。ただ、コバーンと言うとファンの人に怒られるかもしれないから、きちんと正しい発音でコベイン、と名付けよう。右の人たちはコベインとラブ。OK。
結局その日は親指の毛を剃らずに浴室から上がった。
やれやれ。人の足で伝説の音楽祭を催しやがって。
それから半年の間、毛たちには好きにしてもらった。どうせ夏には剃るのだから、と思っていざ夏になって見ると、生えていない。左足のジョンも、右足のコベインも、みんなどこかへ行ってしまった。
不覚にも寂しくなってしまってふと思い出す。そうか。毛周期。両足の指毛が生える周期が、たまたま冬の一時にだけ揃うのだ。
つまりこれは、冬限定の伝説のフェス。奇跡のようなひとときの邂逅。
あれから毎年、冬のこの時期は、私の両足の親指で静かに伝説の音楽フェスが開催されている。