紅茶日記:2021/9/9
雨や急な寒さのせいか、先週の金曜日から調子を崩してしまい、紅茶を飲むのがままならなかった。最後に飲んだのは木曜日の朝。
一度日記の更新を途切れさせてしまうとズルズル更新しなくなってしまいそうで、えいやっと書いてみる。やっぱり日記を書かないと、日々にメリハリがなくなってしまったように思う。
まだ9月なのにすっかり秋めいてしまって、早速鍋を食べているし、さんまも早々に焼いてしまった。秋が大好きなので気持ちはかなりアガっているのだが、体のほうがついてきてくれていない。
ヤドンのぬいぐるみは我が家の一員として完全に定着した。同居人がたいそう可愛がっていて、抱きしめたり踊らせたり怪獣ごっこをしている。こんなにぬいぐるみ使いの才能があるとは知らなかった。ヤドンは寝るときは一緒に寝室にいるし、起きたあとは居間にいる。ヤドンの持つ圧倒的な他者感に救われている。ヤドンは何も語らない。何も考えない。感情移入とは全くの無関係で、静かに、のんびりとそこにいる。
愚かなもので、言葉が通じる相手のことは何かしらのコントロールが効くものと勘違いしてしまうのが私の常だ。他人も環境も、もしかしたら私自身も、何一つコントロールできることなどないかもしれないのに。だからヤドンのコントロールのできなさに安心する。戒めとしてそこにいて、いつもコントロールなどできないことを教えてくれる。
だからヤドン以外の熊やキャラクターのぬいぐるみではこんなに好きにはならなかったのだろう。実際、他のぬいぐるみには食指が動かない。撫でて、一緒に寝て、どんどんヤドンが可愛くなっていく。逆にみんななんでヤドンのぬいぐるみを持っていないのか?ヤドンのぬいぐるみ無しでやっていけている人は本当にどうやって生きているのか。すごい。もうヤドン前の人生があまり思い出せない。